東京高等裁判所 平成10年(行ケ)273号 判決 1999年3月11日
東京都港区芝2丁目28番8号
原告
株式会社サンクスアンドアソシエイツ
代表者代表取締役
橘高隆哉
訴訟代理人弁理士
旦武尚
同
高橋功一
同
旦範之
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
茂木静代
同
小池隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 請求
特許庁が平成8年審判第804号事件について平成10年7月6日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成4年9月21日、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)の別紙(1)に表示したとおりの構成からなる商標(以下「本願商標」という。)について、指定役務を商標法施行令別表第35類「経営の診断及び指導、市場調査、商品の販売に関する情報の提供」として商標登録出願(平成4年商標登録願第200331号)をしたが、平成7年12月22日拒絶査定を受けたので、平成8年1月17日拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成8年審判第804号事件として審理した結果、平成10年7月6日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年8月5日原告に送達された。
2 審決の理由
審決の理由は、審決書に記載のとおりであり、本願商標(商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号。以下「平成3年法」という。)附則5条1項の規定に基づく特例の適用の主張はない。)と引用登録商標(審決書の別紙(2)に表示の構成からなる商標で、上記特例の適用の主張がある。)とは、「サンクス」の称呼を共通にする類似の商標であり、かつ指定役務も同一又は類似のものであり、両商標が外観、観念において差異を有するものであるとしても、役務の出所について誤認混同を生じさせるおそれがあるから、本願商標は、平成3年法附則5条3項で読み替えられた商標法8条2項の要件を具備しないと判断した。
第3 審決の取消事由
1 審決の認否
審決の理由1(本願商標)及び2(原査定の引用登録商標)は認める。
同3(当審(審決)の判断)のうち、「本願商標は前記構成よりなるものであるから、その構成文字に相応して「サンクス」の称呼を生ずるものである」(審決書2頁19行ないし3頁1行)ことは認め、その余は争う。
2 取消事由
審決は、引用登録商標から生ずる称呼の認定を誤ったため、本願商標と引用登録商標とは役務の出所について誤認混同を生ずるおそれがあると誤って判断したものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 審決は、「引用登録商標は前記構成文字よりなるものであるところ、該文字は僅かに図案化されているものであるとしても、「sancs」の欧文字を表したものと容易に理解されるものである。」(審決書3頁2行ないし6行)と認定するが、誤りである。
引用登録商標は、図案化の程度が進んでおり、もはや特定の欧文字を表したものとはいえず、特定の称呼を抽出することができないものである。
(2) 審決は、「引用登録商標は、その構成中の「sanc」の文字部分を、例えば、英語の「sanction」、「sanctuary」などの「sanc」の文字部分を「サンク」と発音する例に倣い、「サンク」と称呼し、全体として「サンクス」と称呼して、取引に資されるものと判断するのが相当である。」(審決書3頁7行ないし13行)と認定するが、誤りである。
<1> 仮に、引用登録商標から称呼の抽出ができるとしても、「sancs」は、それに対応する英語、フランス語、ドイツ語等の単語が見当たらないから、造語であり、しかも、カナ表記の併記等がされていないことからすると、「エス エイ エヌ シー エス」とスペル読みされるとみるのが自然である。
被告は、つづけ文字風に一体に書された引用登録商標から、各単語に分断した「エス エイ ェヌ シー エス」の称呼が生ずるとみるのは不自然であり、長音を含めて10音と冗長な称呼は簡易迅速を旨とする商取引の実際においては馴染みにくい旨主張するが、つづけ文字をもって構成している商標であってもスペル読みするものと認識される商標が多数あるし(乙第1号証の1ないし5)、10音以上の商標は多数存在するから(乙第1号証の2第411頁)、被告の上記主張は理由がない。
<2> 仮に、上記<1>以外の称呼が生ずることがあるとしも、
(a) 一般人が知らない英文字の羅列からなる商標を称呼する場合には、一般的に分断しやすい部分、すなわち看者をして分かりやすい部分で分断して称呼するものと考えられる。
(b) 本件では、日本において最もよく知られている「son」や「sun」から考えれば、「san」の部分で分断するのが一般的である。
そして、「san」は、「サン」と称呼するのが妥当である。
(c) 次に、「cs」については、特に英単語にはなく、日本における英語教育においても特に特定の読み方はないものといわざるを得ない。したがって、「シーエス」と称呼するのが最も自然であり、日本的なものといわざるを得ない。
(d) なお、現在、取引業界においては、英文字の一部をスペル読みすることは一般的に行われており、「sancs」においても、そのように発音することは、語呂がよく、発音しやすいものである。実際に、英語読み又はローマ字読みとスペル読みが混在している例はたくさんある(甲第4ないし第23号証)。
(e) 以上によれば、「sancs」は、「サンシーエス」と称呼されるとみるのが最も自然である。
<3>(a) 被告は、「sanction」、「sanctuary」を用いて「sanc」の部分の称呼を特定しているが、近似する英単語の認定に当たっては、世間一般の英語能力を基準に判断すべきであるところ、需要者一般は、多用されている固有名詞や日常会話に使用される程度の英単語及びローマ字読み、スペル読みに関しては理解しているものであるが、これ以上の欧文字を的確に称呼することはできないものである。上記「sanction」等の単語は、我が国においては日常会話においてはほとんど使用されないものであり、このような特殊な英単語を需要者らが引用登録商標をどのように称呼するかの認定の基礎として用いることはできないものである。
(b) また、被告は、「bionics」等に基づき、「cs」は「クス」と称呼される旨主張するが、これらの語は、我が国ではカナ表記の語として馴染まれているとしても、英単語として馴染まれているものではない。
(3) 審決は、「称呼上類似する両商標をその指定役務について使用した場合は、役務の出所について誤認混同を生じさせるおそれがあるというべきである。」(審決書4頁4行ないし7行)と判断するが、誤りである。
上記(1)、(2)で述べたとおり、両商標は、称呼を異にするものであるから、出所の混同は生じないものである。
第4 審決の取消事由に対する認否及び反論
1 認否
審決の認定、判断は正当であり、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 引用登録商標は、その構成中の文字同士を一部接合させたりして文字全体としてはやや図案化されているものではあるが、いわゆるつづけ文字風に一体的に「sancs」の欧文字を書したものと容易に理解されるものである。
(2) 一般的に、特定の読みを持たない欧文字よりなる商標の称呼を特定する場合、これに接する取引者、需要者は、自己の知り得た外国語の知識を基に、当該商標の読みを特定して称呼する場合が多いということができる。
そして、我が国における英語教育の状況、商業広告等において英語が使用される頻度が圧倒的に高いことなどにかんがみれば、本願商標及び引用登録商標に係る指定役務の分野の需要者らにおいても、自己の有する英語の知識に従って、当該商標の文字の配列となるべく似たような文字の配列からなる英単語を探し出し、称呼を特定する場合が多いといえる。
引用登録商標の「sancs」の文字は、特定の読みをもって親しまれた外国語を表したものとは認められないが、例えば、「sanc」の4文字が共通し、我が国においても親しまれている「許可、制裁」等を意味する英語「sanction」、「聖域、鳥獣保護区」等を意味する英語「sanctuary」を想起させるとみるべきである。そして、これらが「サンクション」、「サンクチュアリー」と発音され(乙第3号証の1、2)と発音され、英語において末尾の「s」が「ス」と発音されることから、引用登録商標中の「sanc」の文字部分は「サンク」と、末尾の「s」は「ス」と称呼され、引用登録商標は全体として「サンクス」と称呼されるとみるのが最も自然であり、その称呼をもって役務の取引に当たる場合が多いとみるべきである。
(3) つづけ文字風に一体に書された引用登録商標から、各単語に分断した「エス エイ エヌ シー エス」の称呼が生ずると解することは不自然であり、また、長音を含めて10音と冗長な称呼は、簡易迅速を旨とする商取引の実際においては、馴染みにくいというべきである。
また、つづけ文字風に一体に書された引用登録商標を「san」の部分で分断して、これを「サン」と称呼し、他の部分をアルファベット読みに「シーエス」と称呼することも、不自然である。
仮に、「san」の部分で分断したとしても、残りの部分である「cs」は、英単語の「bionics」、「economics」、「electronics」、「technics」(乙第4号証の1ないし4)のように、語尾部分の「cs」を「クス」と発音する例から、引用登録商標中の「cs」についても「クス」と称呼し、全体として「サンクス」の称呼が生ずるものといわなければならない。
(4) 以上のとおり、引用登録商標からは、「サンクス」の称呼が生ずるものであるから、両者をその指定役務について使用した場合は、需要者らをして、役務の出所について誤認混同を生じさせるおそれがある旨の審決の判断に誤りはない。
理由
1 引用登録商標から生ずる称呼について
(1) 審決書別紙(2)のとおりの構成からなる引用登録商標は、その構成中の文字を一部接合させたりして文字全体としてはやや図案化されているものではあるが、本願商標及び引用登録商標の指定役務の分野の需要者らによって、「sancs」の欧文字を書したものと容易に理解されるものと認められる。
これに反する原告の主張は採用することができない。
(2)<1> 引用登録商標は、特定の読みをもって親しまれた外国語を表したものとは認められないものであるが、我が国においてはローマ字教育が普及しており、また我が国における外国語教育としては、英語教育が一般的かつ盛んであり、宣伝広告等において使用される外国語としても英語が使用され、欧文字が用いられることが多いものであるから(これらの事実は、当裁判所に顕著である。)、本願商標及び引用登録商標に係る指定役務の分野の需要者らにおいても、自己の有するローマ字及び英語の知識に従って、引用登録商標の称呼を特定する場合が多いものと認められる。
<2> そして、上記の我が国におけるローマ字教育、英語教育の状況や宣伝広告における英語ないし欧文字の使用の状況等に照らすならば、上記需要者らの多くは、引用登録商標「SANCS」を見た場合、極めて自然に「サンクス」と発音するものと認めることができ、引用登録商標は需要者らによって「サンクス」と称呼されるものというべきである。
すなわち、「sancs」中の「san」は、需要者らによって、ローマ字読みに従い「サン」と読まれるものと認められる。そして、後半の「cs」は、「cs」を含む英単語として「economics」(「経済学」を意味する。)や「technics」(「工芸」を意味する。)が想起され、それらの英単語における「cs」の発音に倣い、「クス」と発音されるものと認められる。
したがって、「sancs」は、需要者らによって、全体として「サンクス」と称呼されるものと認められる。
(3)<1> 原告は、「sancs」は、それに対応する英語等の単語が見当たらないから、造語であり、しかも、カナ表記の併記等がされていないことからすると、「エス エイ エヌ シー エス」と称呼されると認定するのが自然である旨主張するが、「sancs」のように、5文字からなり、一連に書され、しかも、英語読みやローマ字読みが可能なつづりで書されているものを需要者らが各文字ごとに分断して読むと認めることはむしろ不自然であり、原告の上記主張は到底採用することができない。
<2> また、原告は、「sancs」のうち、前半の「san」を「サン」と発音するとしても、後半の「cs」は「シーエス」と発音され、そのように一部がスペル読みされる例も多い旨主張する。
しかしながら、「cs」は、さほど日常的な単語ではないとしても、比較的知られている単語というべきである「economics」や「technics」中に対応するつづりがあるものである。しかも、原告が指摘するスペル読みが混在する例も、その読みが併記されているもの(USERMIN・ユーセルミン(甲第4号証の1)、USERM・ユーセルム(甲第4号証の2)、MSPLUS・エムエスプラス(甲第5号証)、TCKIT・TCキット(甲第6号証の1)、BLKIT・BLキット(甲第6号証の2)、GREENK・グリーンK(甲第7号証)、DIAETILE・ダイヤE(イー)タイル(甲第20号証))や、全部又は一部をスペル読みする以外に適切な発音が見いだし難いもの(SONYT(甲第8号証の1)、SONYM(甲第8号証の2)、THIOKOLLP(甲第10号証)、Udial(甲第11号証)、KSCOPY(甲第12号証)、NPSYSTEM(甲第14号証)、MIPARFUM(甲第15号証)、SPTYPE(甲第16号証)、FCTYPE(甲第17号証)、ZTAPE(甲第18号証)、CULENS(甲第19号証)、PQCORE(甲第21号証)、HSCARBON(甲第23号証))ものであり、本件における「cs」とは事実関係が異なるものである。したがって、引用登録商標中の「cs」は、「クス」と発音されると認定するのが自然であり、これに反する原告の上記主張は採用することができない。
<3> 原告のその他の主張も、上記認定を左右するものではない。
2 本願商標と引用登録商標との類似性
以上のとおり、引用登録商標からは「サンクス」の称呼が生ずるものであるところ、本願商標からはその構成文字に相応して「サンクス」の称呼を生ずることは、当事者間に争いがない。したがって、本願商標と引用登録商標とは、「サンクス」の称呼を共通にする類似の商標であると認められる。
さらに、本願商標の指定役務及び引用登録商標の指定役務によれば、本願商標に係る指定役務と引用登録商標に係る指定役務中の「商品の販売に関する情報の提供」は、同一又は類似のものであると認められる。
そうすると、両商標が外観、観念において差異を有することを考慮しても、称呼上類似する両商標をその指定役務に使用した場合には、役務の出所について誤認混同を生ずるおそれがあると認められる。
3 結論
したがって、これと同旨の審決の認定、判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成11年2月4日)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
理由
1 本願商標
本願商標は、別紙(1)に示した構成よりなり、第35類「経営の診断及び指導、市場調査、商品の販売に関する情報の提供」を指定役務として、平成4年9月21日に登録出願されたものである。
2 原査定の引用登録商標
原査定において本願の拒絶の理由に引用した登録第3036686号商標は、別紙(2)に示した構成よりなり、第35類「商品の販売に関する情報の提供、広告用具の貸与、タイプライターの貸与、複写機及びワードプロセシサの貸与」を指定役務とし、商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)附則第5条第1項の規定に基づく特例の適用の主張をして、平成4年9月24日登録出願、同7年4月28日に設定登録されたものである。
3 当審の判断
本願商標は前記構成よりなるものであるから、その構成文字に相応して「サンクス」の称呼を生ずるものである。
これに対して、引用登録商標は前記構成文字よりなるものであるところ、該文字は僅かに図案化されているものであるとしても、「sancs」の欧文字を表したものと容易に理解されるものである。
そして、引用登録商標は、その構成中の「sanc」の文字部分を、例えば、英語の「sanction」、「sanctuary」などの「sanc」の文字部分を「サンク」と発音する例に倣い、「サンク」と称呼し、全体として「サンクス」と称呼して、取引に資されるものと判断するのが相当である。
そうとすれば、引用登録商標は、その構成文字に相応して「サンクス」の称呼を生ずるものといわなければならない。
してみれば、本願商標と引用登録商標は、「サンクス」の称呼を共通にする類似の商標であり、かつ、本願商標に係る指定役務と引用登録商標に係る指定役務中の「商品の販売に関する情報の提供」は、同一又は類似のものと認められるから、たとえ、両商標が外観、観念において差異を有するものであるとしても、電話等口頭での取引が普通に行われている取引社会の実情よりすると、称呼上類似する両商標をその指定役務について使用した場合は、役務の出所について誤認混同を生じさせるおそれがあるというべきである。
したがって、本願商標は、商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)附則第5条第3項で読み替えられた商標法第8条第2項の要件を具備しない。
よって、結論のとおり審決する。
別紙
<省略>